大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)709号 判決 1968年3月29日

原告 今井四郎

右訴訟代理人弁護士 塩谷千冬

被告 佐藤雄一郎

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 山根喬

主文

札幌地方裁判所昭和四一年手(ワ)第八八号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は、主文第一項掲記の手形判決を認可するとの判決を求めた。

被告ら訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二原告の請求原因

一、被告らは約束手形用紙二通につぎのとおり記載し、振出人欄にそれぞれ署名のうえ、受取人欄、満期欄を空白のまま、これを訴外佐藤みどりに対し交付した。

(一)  金額六〇万円、支払地振出地共に札幌市、支払場所北洋相互銀行、振出日昭和三七年八月五日

(二)  金額四〇万円、その他(一)に同じ

二、右各手形の受取人欄はその後佐藤みどりと補充され、かつ右各手形には右訴外人から原告に対する各裏書記載がある。

三、原告は右各手形の満期を同年四月一三日と補充の上、同日支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶され、現に右各手形を所持している。

四、よって原告は被告らに対し合同して右各手形金合計一〇〇万円およびこれに対する昭和四一年四月一三日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める手形訴訟を札幌地方裁判所に提起し、その旨の手形判決をえた。右手形判決は正当であるから認可を求める。

第三被告らの答弁および抗弁

一、原告らの請求原因一ないし三の各事実は認める。

二、抗弁

(一)  信託法第一一条違反

1、本件各手形は、被告雄一郎、同トキワの両名が被告会社の保証のもとに、昭和三七年八月五日訴外佐藤みどりから金四〇万円および金六〇万円合計金一〇〇万円を、弁済期の定めなく、利息月三分、毎月四日限りその月分を支払う約定で借受け、その支払のために提出されたものであるが、右佐藤みどりは別紙目録(一)、(二)記載のとおり、昭和三七年八月三日から同四一年三月三日までの間に、合計金一三九万円の利息金(同三七年八月分から同四〇年八月分までは月三分、同年九月分から同四一年三月分までは月四分)の支払を受けており、右利息金を利息制限法所定の制限額に引直し超過額を元本に充当すれば、昭和四一年三月末日現在前記目録記載のとおり残元金は合計金二、〇三七円にすぎなかった。

2 ところが、右佐藤みどりは昭和四一年三月に至り、被告雄一郎が倒産したのをみるや、債権取立を業としている原告と通謀し、貸金債権残額が皆無に等しいにもかかわらず、被告会社が共同振出人となっていることを奇貨として、本件訴訟をなさしめるため、本件各手形を裏書交付したものであるから、信託法第一一条の規定に違反するものというべきであり、本件各手形債権の譲渡は無効であるから、原告に本件各手形債権が帰属するものとはいえない。

(二)  期限後裏書と原因関係の一部消滅

1、本件各手形は一覧払の手形である。即ち、本件各手形は満期の記載なく振出されたものであるところ、満期の記載のない手形は手形法第二条第二項の規定により一覧払のものと看做されるから、本件各手形は一覧払とみるべきである。かりに満期の記載のない場合に、当事者の意思によって一覧払か白地手形であるかを定めるべきものとしても、本件各手形は振出人である被告雄一郎において、金銭消費貸借の証として振出したもので、かつ、訴外佐藤みどりはその利息収入のみが目的であったから、満期を補充して取立をなすことは当事者間においてこれを予想していなかったとみるべきである。現に右佐藤みどりは四年近くもこれを補充することなく、また自らはこれを補充せず取立のための呈示等一切しなかった事実からみても、本件手形を白地手形とみるのは条理に反する。

2、従って、本件各手形は手形法第三四条の規定により振出の日から一年の経過とともに満期が到来し、昭和三八年八月五日以降の裏書は期限後裏書となる。本件各裏書がかりに手形に記載されたとおり昭和四一年三月二八日になされたとしても、当然期限後裏書となり、訴外佐藤みどりに対して有する抗弁は原告にも対抗しうることとなる。

3、ところで、本件各約束手形は、被告雄一郎、同トキワの両名が被告会社の保証のもとに昭和三七年八月五日訴外佐藤みどりから金四〇万円および金六〇万円合計金一〇〇万円を、弁済期の定めなく、利息月三分、毎月四日限りその月分を支払う約定で借受け、その借受けを証する書面として振出されたものである。

4、そして、被告雄一郎は訴外佐藤みどりに対し別紙目録(一)、(二)記載のとおりの利息金の支払をした。右利息金を利息制限法所定の制限額に引直し超過額を元本に充当すれば、同目録記載のとおり残元金は合計金二、〇三七円となる。

5、よって、原告の請求は右金二、〇三七円の限度においてのみ正当であり、その余は理由がない。

(三)  悪意の抗弁

かりに本件各手形が白地手形であるとしても、原告は被告らを害することを知って本件各手形を取得したものである。即ち、原告は訴外佐藤みどりに対する債権があって本件各手形を取得したものとは考えられないし、原告は本訴提起前被告らに対し、金二〇万円あるいは金四〇万円で示談を申し入れている。また原告はいわゆる取立屋として活動している。右のような事情から考えて、訴外佐藤みどりは自らでは本件手形債権の全額を請求できないことから、原告に対し取立を依頼し、原告はこのことを知りながら、自己が本件各手形を取得すれば抗弁が切断されて、被告らが害されることを知りながら本件各手形を取得したものである。

従って、被告らが訴外佐藤みどりに対して有する前記(二)の4の原因関係の一部消滅の抗弁をもって原告に対抗しうるから、原告の請求は金二、〇三七円の限度においてのみ正当であり、その余は理由がない。

(四)  補充権の濫用

かりに本件各手形が白地手形であるとしても、原告がした満期の補充は補充権の濫用であるから無効である。即ち、原告は訴外佐藤みどりが数年間一度も請求しなかったことを熟知しながら、被告らに対する請求をもっともらしくするために、満期を記入したもので、まさに補充権の濫用である。本訴提起前原告らが金二〇万円あるいは金四〇万円で示談しようと被告らに申入れていることからも右事実が充分窺えるのである。

第三被告らの抗弁に対する原告の答弁および再抗弁

一、被告らの抗弁(一)の1の事実は不知、同2の事実は否認する。

二、同(二)の1、2の各主張は争う。本件各手形は満期および受取人白地の白地手形である。同(二)の3、4の各事実は不知。

三、被告の抗弁(二)に対する原告の再抗弁

かりに本件各手形が一覧払いの手形として振出されたものとしても、原告は本件各手形を白地手形であると信じてこれを訴外佐藤みどりから取得したから、手形法第一〇条の類推適用により、被告らは白地手形でないことを原告に対抗できない。

四、被告らの抗弁(三)、(四)の各事実は否認する。

第四原告の再抗弁に対する被告らの答弁

原告の再抗弁は争う。

第五証拠関係≪省略≫

理由

第一  原告の請求原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがない。

第二  そこで被告の抗弁(一)について判断するに、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告雄一郎、同トキワは、おそくとも昭和三七年八月五日現在において、被告会社の保証のもとに、訴外佐藤みどりから金六〇万円および金四〇万円合計金一〇〇万円を、弁済期の定めなく、利息月三分、毎月四日限りその月分を支払う約定で借り受けた債務があったこと、前同日訴外佐藤みどりに対し右債務の支払のため本件各手形が作成交付されたこと、その後佐藤みどりはほぼ別紙目録(一)、(二)記載のとおり昭和三七年八月から同四一年三月三日までの間に合計金一三九万円の利息金(同三七年八月分から同四〇年八月分までは月三分、同年九月分から同四一年三月分までは月四分の約となったので、その割合によって支払がなされている。)の支払を受けており、また、少くともその以前である昭和三七年二月分から同年六月分まで、前記六〇万円に対する月三分の割合による利息金合計金九万円、同年七月分の金一〇〇万円に対する月三分の割合による利息金三万円以上合計金一五一万円の支払を受けていることが認められるので、これを利息制限法所定の制限額に引直し、超過額を元本に充当すれば、おそくとも昭和四一年三月三日の利息金四万円の支払によって、前記貸金は全額完済となっていたことが認められ、他に右認定に反する証拠は存しない。

そうすると、訴外佐藤みどりは、自己が手形所持人として本件各手形金の請求訴訟を提起するときは、被告らから前記のごとき原因関係の弁済による消滅を主張されることとなりかねないが、これらの手形を善意の第三者を装うものに裏書譲渡し、そのものから訴求することとすれば、人的抗弁が切断され、あわよくば手形金の支払を受けうる可能性があり、本件各手形金を訴求するためには、そのような第三者を作出する必要があったものというべきである。

つぎに、訴外佐藤みどりが原告に対し本件各手形を裏書交付した日時について検討するに、≪証拠省略≫によれば、昭和四一年三月三〇日被告雄一郎の倒産に伴なう債権者の集会が訴外小村次郎方で開かれたが、訴外佐藤みどりは右集会に債権者の一人として出席し、話合の内容を知りながら、最後まで、自己が既に原告に対して本件各手形を譲渡したというようなこと、従って原告を債権者として出席させてもらいたい旨を述べることもなく、また原告に対し電話等でもって債権者の集会が開かれている旨を連絡した形跡も窺われないこと、右集会において、訴外佐藤みどりは、債権者の中から(1)、被告雄一郎の営業を継続させその利益によって負債を返済させること、(2)、今後は無利息とすること、(3)、今後二年間利益金を運転資金に繰入れ金五〇〇万円までにするよう努力すること、(4)、第三年に至り金五〇〇万円の資金からの利息金でもって毎年返済させること、(5)、返済金の分配方法は貸金額から現在まで支払のなされた利息を元金に充当の上、その残額につき昭和四一年三月中の貸金から順次遡って返済させるとの提案があったのに対し、これに同調したこと、その後も原告から右佐藤みどりが前記債権者の集会に出席し債権者の一人として行動したことにつき格別の異議も述べられなかったことが認められる。≪証拠判断省略≫。また、原告はその自筆にかかる本件訴状において、昭和四一年三月二八日に本件各手形の裏書譲渡を受けたと主張しながら、本人尋問においては同年三月一〇日に本件各手形の裏書交付を受けたと述べており、その間に食違いがあるし、三月一〇日に裏書交付を受けたものであれば本件各手形の裏書年月日は昭和四一年三月一〇日と記入されるのが自然であるのに、原告本人の供述によっても、同年三月二八日と記載されていることについての合理的な理由はこれを見出し難い。さらに、昭和四一年三月一〇日に本件各手形の裏書交付を受けたのであれば、甲第三、四号証の裏面の領収欄の日時も同日付とされるのが通常であるが、それが三月二五日と記載されていることについての原告の説明も不合理であって措信できない。従って、本件各手形の裏書交付がなされた日時は、原告の供述する昭和四一年三月一〇日、手形面の記載である同年三月二八日のいずれも真実のものとはいい難い。なお、証人佐藤みどりは、債権者の集会に出席したのは一回のみであり、債権者の集まりのあった日かその翌日頃に、原告が自分のところへ来たので、原告に対し本件各手形を渡し、これと引換に甲第三、第四号証の各手形の交付を受けた趣旨の供述をしているところもあり、これら諸事情からすれば、訴外佐藤みどりが原告に対し本件各手形を裏書交付したのは、同訴外人が被告雄一郎の倒産の事実を知った後であると推認される≪証拠判断省略≫。

また、原告本人尋問の結果および当裁判所昭和四一年(ワ)第六八号貸金請求事件(原告今井四郎、被告更生会社株式会社杉本花月堂管財人)の審理にあたり職務上知りえた事実を綜合すれば、原告は昭和三七年七月頃訴外戸谷キヨが訴外更生会社杉本花月堂に対して届出済の金二万余円の債権を譲受け、同更生会社の更生計画案をめぐっての紛争とか、同会社の旧経営陣の会社復帰の問題等同更生会社の経営面に介入し、昭和三八年四月二一日当時の管財人によって管理室付兼総務部長として採用されたが労組の反対にあい、満足に執務できないまま同年八月三日頃辞職するに至った事実が認められるほか、当裁判所昭和四二年(ワ)第一三四四号約束手形金請求事件(原告佐藤木材株式会社、被告丸重萩原建設株式会社)において、倒産整理中の被告会社のため、被告会社代表取締役萩原朝子名で答弁書を作成し、同事件の第一回口頭弁論期日に当裁判所第七号法廷の傍聴席にいたことが認められる。

さらに、甲第三、第四号証(約束手形)の裏面に、「表書の金額を確かに受け取りました、住所札幌市新琴似町五〇六今井四郎、昭和四一年三月二五日」との各記載があることもまことに不自然である。その間の事情について、原告が本人尋問において述べるところはつぎのようなものである。即ち原告は訴外佐藤みどりに対し合計金一〇〇万円の貸金債権があり、その支払のために同訴外人から右甲第三、第四号証の約束手形二通の振出交付を受けていたが、本件各手形の裏書交付を受けたので、右甲第三、第四号証の裏面に前記領収文言を記載して、訴外佐藤みどりに対し右各手形を返還したというのである。しかしなから、本件各手形は遠く昭和三七年八月五日に振出されたものであり、しかも満期の記載もないものであるのに、原告において、その取得に際し振出人に直接会って確かめるとかその他の信用調査をすることもなく(このことは原告本人の供述から推認される)、本件各手形を取得したのみで、その支払いを受ける前に、甲第三、第四号証の手形金合計金一〇〇万円を領収したとして、これらの手形を返還するようなことは、通常の経済取引とは到底いいえない。右の事実からすれば、訴外佐藤みどりおよび原告の間に本件各手形を授受するについて、何らかの実質的な理由を附与するために、極めて不自然な作為が行われていることが看取される。

そして、証人佐藤みどりおよび原告本人の各供述によれば、右佐藤みどりと原告の妻は踊りの関係での友人であり、佐藤みどりの亡夫佐々木三郎(昭和四二年四月八日死亡)は前記花月堂の旧経営陣の一人であり、原告とは前記会社更生事件の関係で知合っていたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

これらの諸事情を綜合すれば、訴外佐藤みどりは、被告雄一郎が倒産したことを知って、倒産企業の整理関係に詳しい原告に相談した結果、右佐藤が原告となって訴を提起したのでは、前記制限利息超過額の元本充当を対抗される関係にあるところから、右の抗弁を封ずる必要からも、主として原告に本訴請求をさせることを主たる目的として本件各手形を裏書交付したものであることが推認せられる。

そうだとすれば訴外佐藤みどりから原告に対する本件各手形の裏書譲渡は、信託法第一一条の規定により無効であるというべきであり、原告に本件各手形債権が帰属するとはいえないから、被告の抗弁(一)は理由がある。

第三  よって原告の請求を失当として棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例